201404

またはてなブログに戻ります。こちら→(2014.4.26)


2014.4.20(Sun) 丘吹き粉

走る電車のドアに頭をもたれかけて、過ぎていく景色を目だけで見ていた。12月の北海道旅行を思い出す。旭川から稚内に直通の全行程4時間ほどの電車に乗る前に、昼ご飯としてドーナツ2個と缶ビールを摂った。旅の途上だから保守的であるべきだったんだけど、俺お酒強いしと思って、出発時刻も近かったので駅構内で急いで飲んでしまった。他のお酒じゃなくてビールだったのも、ドーナツ2個だけでお腹がふくれていなかったのも、車内の暖房がきいていたのもあって、道程が半分過ぎたあたりから気持ち悪くなってしまった。稚内に行けるその日の最終電車だったので、4時間、降りるわけにも行かず、運転室とトイレに連絡する暖房のないスペースで、窓のすきまからしのびこむ新鮮な空気を吸いながら耐えていた、窓の外には雪景色が流れていた――そんなことがあった。

思い出というものを僕はあまり高く買っていない。「思い出作り」のために旅行に行くとか、「記念写真」を撮ったり、ということに、どこか欺瞞を感じる。第一に思い出は勝手に残るものであって、何のどんなとこをどんなふうに残そうと能動的に介入するのは思い出の自然に反しているのではないかと思える。そういう意味での欺瞞。第二に思い出はいつも後ろ向きである。過去のことだから。それに思い出は美化される。上記に述べた僕の思い出だって、もちろん今思えばそれも「いい思い出」なのだが、その当時の僕本人の頭には後悔しかなかったし、一刻も早くこの時間が過ぎ去るよう――そして「思い出」として処理されてしまうよう――願っていた。そしていま、その願いどおり、そのときの体験を「いい思い出」として僕は振り返る。でもまあそのまなざしは、当時の僕の感じてたことに共感するまなざしではないわけだ。そんなことも、あったナ、と、なつかしく振り返るだけだ。遠くのものを思いやるまなざし。でも、強調したいのは、結局はそれは遠すぎるということだ。「いい思い出」という整理の仕方、「振り返る」という関係性、現在から過去へのまなざし。過去を思いやっている僕は過去の僕を生きてはいない。ようするに、今の僕は過去の僕のことなんかほんとうには考えちゃいない。

そしてもう一つ、年を経るにつれてひとは思い出を消費して生きるようになるらしいということ。複数の人がそう証言している。でも、それってどっからどう見てもつまんなくないか。何年か前、「大学にいる今ほどいい時期はないだろうから、今のうちに思い出を作っておく」というようなことを言ってる知り合いがいて、愕然とした覚えがある。そんな悲しいことはない。人生が今をピークとして下り坂に向かうなんて、少なくとも今の僕は絶対に想定する気がない。仮にそれが真実だったとしても、それを今の僕が信じて受け入れるというのはほんとうじゃない。あとで気づくので十分だ。そんなわけで、思い出をため込むということが後ろ向きで守りに入ったことのように思って、それを嫌う習慣となっている。

それで。ここまでのは前置きで、ここからは「思い出ってそんな悪いもんじゃないな」と思った話を書こうと思ってたのですが。批判の部分を書いてたら心がアンチ思い出に染め上げられてしまって、肯定派の気持ちがどんなものだったか忘れてしまいました。うん。また北海道行きたいなという気持ちにはなった。上の不満がクリアされたわけじゃないんだけど、不満は不満として、その思い出すことによって「北海道また行きたい」という気持ちが呼び覚まされたのも確か。そのときにまた車内で苦しみたいわけじゃないけど、苦しんでも構わないかなくらいは思ってしまうのも、また確か。北海道旅行、すごい楽しいって瞬間はあまりなかったし(稚内駅周辺の案内標識がキリル文字併記だった感動がたぶん最大風速)、どっちかというと愉快というよりしょーもないこと続きだった気がする。観光するにはスケジュールがタイトで、移動が目的になってたようなとこがあるし、そのくせ鈍行で長距離移動なので本数が少なく空き時間がよくできてた(そして時間のつぶし方も下手だった)。食事はお金をけちって牛丼かコンビニおにぎりが多かった。札幌で見たのは雪に覆われた北海道大学と、年末のすすきの。旭川では観光パンフレットをたよりにアイヌ記念館を歩いて目指したら道に迷い、いろいろ含めて計6時間くらい歩くはめになる。稚内では旅の目的だった宗谷岬が常時強風が吹き付けており、写真も落ち着いて撮れないほどの寒さで、風を防ぐために障害物にたびたび身を隠したりとリアルサバイバル風になり、数件ある飲食店は軒並み休業していて、やることないけどバスは2時間おきぐらいで、お土産屋で買ったひまわりの種のお菓子を食べながら、息の白くなる待合室でちぢこまっていた。あ。つい思い出話になってしまった。かくも僕の北海道旅行はしょーもないもので、そういや先日の大阪旅行も確かに冴えない感じだった。そして、旅というもの一般がそうで、ふだんの暮らしぶりが冴えない者は旅行に行っても冴えない。でもむしろ、ふだんと違うことなんかしなくてもいいし、特別な体験を得る必要もない。日常という太陽はどこまでも追いかけてくる。そういう性格のものだと思う。一発逆転を求めて旅なんかしちゃいけない。そうゆうこと。

だとすれば、どうなんだろう。思い出をもつことが肯定されるのか。旅をすることが貶められたまま昇華されるのか。別にそんなことしたいわけじゃない。でも旭川で一人で食べた焼き肉はおいしかったよ。北海道関係なかったけど。「また行きたい」場所があるってのは、でも、いいことだなって思う。そこで新たな体験を重ねることができる。


2014.4.19(Sat) 狡猾な卵黄

午前中説明会。朝、寝てる間に引っかいて傷つけたらしい皮膚の諸部分がひりひりする。もうそれだけで生きるやる気がなくなるものですが、とにかく朝ごはん食べてスーツ着て出る。出てみると土曜の朝は静かで、もうけものをした気になった。駅の構内で衝動がわいて、数メートル疾走する。ちょっと余裕ないかなという時刻に出発したわりに、いいぐあいに到着。晴れていた。今回の企業はなんとなく不穏な空気。受付のお姉さんの言葉のはしばしが、どこか攻撃的だからだ。出席者も不思議に少なかった。あとで調べたらネットでブラック認定されてたので、この先どうしようかためらう。まあネットなんてネガティヴな話ばかり流れてるものだけど。説明会は昼に終わり、ごはんを何にしようか探しに行く。ひさしぶりに500円以上出す気づもりになっていた。来た方とは別の地下鉄の駅まで歩き、ひととおり見て回った結果、最初に見たチキン南蛮がベストだった気がしたが、戻るのがめんどうだったのでちょうどぶつかったそば屋で鴨南蛮を食べた。意外と初めてだ、というか、外食するときは安く済ませようとするので、どこの店行ってもメニューの中で食べたことないもののほうが多い。鴨肉は鶏よりも噛み切りにくいけどおいしかった。こないだ行った食肉市場が心に残っていて、鴨をさばく人とか売ったりする人がもちろんいるのだろうと考えた。それから近くの大型書店にかるく立ち寄って、新刊コーナーで筒井康隆『創作の極意と掟』を発見。ぱらぱらと確認すると、読むべき本だという気がする。筒井康隆の随筆は断定的で好きよ。それから、せっかくの休日ということでデイリーポータルZの林雄司氏の著書発売イベントに行ってきた。無料。生でしゃべってるの聞くと文字ベースの情報よりも感触がすこしずつ違う。あたりまえだけど。自分のしゃべりかたとか受け答えの仕方を省みた。「そうですね」をなくして、かわりに相手の言ったことを復唱するようにすると頭が回るんじゃないか。終わったのが16時。あとは用事ないので帰った。スーツと手提げカバンという装備は毎度のことながら疲れる。いつもより歩数多いけどそれじゃなくて疲労する。いったい何が狙いなんだこの服装。体操もできないし。と言いつつ帰りのゆるやかな坂道でダッシュした。なんか、スーツ着ると走るな。と同時に、体調が快復しつつあるようだ。アトピーのほうもこのままなんとかなってほしい!。夕食後にも走りに出た。テンションあがる。結局本はほとんど読んでない。


2014.4.18(Fri) ドキュメント・中トロ

4月入ったぐらいから体調がずっと低空飛行なんすわ。気づいたら今週平日は日記書いてなかったし。体調だけでなくて学校はじまってまじめに勉学はじめたので日記を書くために十分な暇が降りかかってこないということもありますけど、体調がというか人間としてぐあいがわるくて、人間としてというのはおおざっぱですけど、寝坊して用事を二つほどすっぽかしたりしてたので客観的な棚の上から「ひどいなあ」と言うしかないです。そこまであきらかにひどいと何をどう直すべきなのかもはっきりしてある種ありがたいですが、リスクはリスクですよね……正直言って罪悪感がもうあんまりないですが、回復していかなきゃなってプレーンに思えたのでそうしていく所存です。学生生活も最後だし、たぶん今年がいちばん勉強した年になるでしょう。というか、高くても低くても今年がピークでしょう。ネガティヴだなー。ダウナーなつもりはないけどネガティヴ。意識の上ではふつうに生きてるつもりですけどこうして書き始めてみるとネガティヴなことばかりが口をついて出てくる。そういえば500字制限を設けてたんだっけ。まあそんなです。そのうちよくなると思ってます。


2014.4.13(Sun) おでこ散財

ユースキンIたんに頼って肌のぐあいは往時まで回復しつつあり、普段の飲み物としてお湯を飲むことと風呂に入るとき湯船に浸かる習慣が残りました。長い春休みを経て、12時まで寝る体内時計を鍛え上げてしまっていたようですが、これも健康のために朝ごはんを食べたいので早く起きる習慣をつけたいです。今日は終日テキスト読解(日本語)。僕は本を読むのが遅いって昔から言ってますが、やっぱり遅くって、15時にはじめて21時半までテキストを読んでたんですけど、25ページくらいしか読めてない(ただし休憩・食事・風呂込み)。でも自分にとって遠回りではないので、とにかく時間をかけるしかない。途中の息抜きに『あずまんが大王』第一巻(2000)の読み残しを消化しました。後半から出てくる古文の先生が、スクール水着とかブルマとかに対するこだわりを表明するんですけど、こういう嗜好って当時から、ちょっと変わったものとされつつも受け入れられる土台があったのかしら。今からすると古いぐらいで、つまり当時からすればもっと特殊でどぎつい嗜好がカジュアルに語られるようになった気がするけど。詳しくないのでわからない。


2014.4.10(Thu) 吸い殻おみくじ

ここ数日体調がだめでした。乾燥とひび割れと。治療方針変えてユースキンに頼ることにしたので今はへいきです。あと暖かいものを飲むことと、よく噛んで食べること。胃腸をととのえるのが大事らしいです。これ魅力ある仮説だったので採用しました。体調悪いとなにもかもする気がなくなって、昨日など左手首損傷でひりひりしてたのでキーボード叩くのもめんどいって感じでした。そういえば治療日記みたいのも数日間つけてたんですが、そこで左手首損傷とかナチュラルに書いてたり、あと包帯を巻いたりしてて、エヴァンゲリオンみたいだなあとそこだけ楽しかったです。ほんとに、体調悪いと哲学どころじゃなくなってて、個人的に哲学は身体が健康な人のためのものなので詩ぐらいしか読む気になりませんよね。でも自分で書く気にはならないという。かじいもとじろーとか、体が悪くてそれが作品に反映されてる文学者っていますけどアトピーのストレスを文学に向けるってあんましない気がします。気が散る症状なので。まあそんなで学業にも消極的な気持ちに落ち込んでいたんですけど保湿したらものを考える余裕もでてきたし少しだけ遅い新学期スタートを切れそうです。


2014.4.7(Mon) 駆け込み腹筋

ねむい。4月入ったあたりから体調がすぐれなくて、ひとつには持病のアトピーが花粉に反応して悪化してて、それで肌の状態が悪くなると連動して体調まで落ち込んでくるんですね。それでこのアトピーを抜本的に改善しようと人生何度目かで決心して、石鹸やシャンプー含む薬品をなるべくさわらないようにしてるところです。何が狙いかというと、肌が薬品に過敏に反応して炎症を起こしている疑惑があるのと、石鹸なんかで肌の表面を過剰に削り落とすことで、皮膚の保護に必要な皮脂まで流れて、保湿剤依存を強めてるんじゃないかという懸念があったから、それぞれの原因と思われるものを絶ってるというわけです。タモリ式入浴法というやつを試してみたり。あと体を動かすのが重要らしいです経験的に。まあそんなで肌のひびわれとか結構あって、心なしか呼吸も多少しづらく感じるときもあり、すっかり病人の気分でいたのですが、フィジカルに落ち込んでることをはっきりと自分で認めると、いろいろと免責された気分になってちょっと楽に感じたりもします。言い方が悪いけど自分の生活のだめさを病気のせいにできるというか。いやなんか、だめなのを受け入れられるんですよね。


2014.4.6(Sun) にじり寄る綿花

電車の中で、二人が座って話している。片方の男が、座席を仕切るポールを両手でつかみながら話している。そういうクセらしい。そのつかむ手が、隣に座った、話の外の女性にとって邪魔らしく、何度かちらっと見たり、少し離れるようにシートを詰めたりしていた。僕はその男に注意しようかと思った。飲み会から抜けてきて醒めた気分のいまなら、注意できるとも思った。女性がちらちらと男を見るたび、「邪魔なんですけど」の意味なのだろうかと忖度した。けれど、結局、間違いないと思えるほどの証拠が得られなかったから、動かなかった。あとになって思う。証拠は十分出ていたのではないか、そして、それ以上のあからさまな証拠は望みえないのではないかと。僕は、動くための、100%間違いのない証拠を求めていた。でも、どうやら「邪魔らしい」と思えた時点で、動く理由としては十分だったのではないか。実際は、確証が必要なのではなく、もし自分の見立てが間違っていたときに相手に納得のいく申し開きができることが必要なのだと思う。人生は再現性のない、一回きりの現場の繰り返しだから、確率なんてほんとは役に立たず、理由と責任が人間を支配する法則なのだろう。


2014.4.4(Fri) カフス照射

品川に用事があり、その帰りに芝浦屠場()内「お肉の情報館」に立ち寄った。高校生の頃に存在を知って、ずうっと行きそびれていた。印象的だったのは、牛や豚を解体して食肉にするまでの工程を説明する映像。動物を気絶させたり、身体を切り裂くシーンが含まれていて、直視しがたかった。一方で、ナイフや切断機の切れ味はするどく、職人的と言っていい手際で軽快に肉体が加工されていく。そのことも不思議な感触がした。嫌悪感はない。でも自分がこの仕事をできるかといえば、できないだろう。はっきりと抵抗がある。でも肉を食べることをやめるわけではない。動物を殺す現場から目を背けたくなることと、動物の死を条件とする肉食を絶つこととが直結するわけではないと今は考えるようになった。……こうして書いている文章を、解体の現場に携わっている人が読んだらどう思うか、すこし想像してみる。別にいい気持ちにはならないだろうな。まあ、題材にかかわらずここではそんな文章ばかり書いてきた気もするけど、今回は特にそのことが引っかかった。ここは自分語りばかりだ。自分語りは、語る題材のことを言ってるんじゃなくて、語る仕方や目的のことを言うんだろう。


2014/4/2(Wed) 牛タン上司

一本につき500字あたりをめどに日記をまとめるようにしようと思うんです。理由はすべてを書く時間がないから。僕にとって日記とはすべてを書く場所でした。叙述をきれいにまとめたり、言葉をきれいに研ぎ澄ましていくなかで切り捨てられてしまうもの。そいつらをいちいち拾い上げて、ここにあるよ!と手を振って見せなければ気が済まなかった。頭のいい人たちは作業過程で出た木くずをそっとごみ箱に流して、結果だけを見せます。彼らが私たちの手の届かないほどに遠い存在に映るからくりはこれです。僕は、途中経過を並べあげて、頭のいい彼らを自分の立っている延長線上に引き下ろしたかった。劣等感からくる不安が、そんな行為に駆り立てたのでしょう、原因としては。だから今こうして方針を転換しようとするのは、時間が経ってそうした仮想敵が気にならなくなった……のもあるけど、個々の日記をひとつの作品として仕立て上げようというねらいがはたらいているのも否めない。作家を気取りたいらしい。でもポジション的なあこがれに過ぎないような気もする。まあ気分転換にはなるでしょう。


2014/4/1(Tue) 中国音叉

母親が赤ん坊を運ぶときになんかベルトみたいなので支えて赤ん坊を前に抱えるようなかっこうで運べる補助具があるでしょう、あれの発展版で最近赤ん坊の頭がすっぽり隠れる袋を赤ん坊がかぶってて重さで袋がつっぱってるのを最近よく見るんだけど、あれがなんともいえず面白いあれがなんなのか今日は探してました。結論から言うとベビーキャリー(抱っこひも)の「スリーピングフード」である。こういうの(画像直リン):1 2 3

何がっつうと、赤ん坊がある意味で人間扱いじゃないみたいに見えて面白いよねっていう話でした。なんか誘拐みたいで。最初 Amazon.co.jp で地道に商品カテゴリー降りてって探したんだけどらちが明かず、最終的に近場の西松屋までいくはめになった。そこに至るまでにスーパーの衣服売り場を訪ねたり、小沢健二を聴いたりソフトクリームを食べたり、世間から置き去りにされた気分になったりと長大な散歩をくぐった。日陰は肌寒くても、日なたを歩いていれば汗ばむような陽気になっていた。西松屋は当然だが子連れの母親しかいなくて汗が出たりかゆくなったりした。ひげも剃ってなかったし犯罪予備軍のように見られているに違いない。居づらい。ああ居づらいなどと思うようになったか。でも自覚してるならせいぜい身なりには気をつけるがいいと思った、書きながら。ともかくもそこで「ベビーキャリー」「フード」というキーワードをつかみ、帰宅して再度検索したらわかりました。


MODO