Log__2007.02

2007.02.28_パラダイム夢幻

就寝間際だか起床直前だったか忘れましたけど、とにかく布団の中でまどろんで、夢か現かトロロかイモか、そういう瀬戸際の超越レムといった体(tei)の状態の間、もう何考えてるのか、いや考えてないのか?よくわからず、今まさに眠りに入るのか入らないのか、そんな瞬間に不意にハッと意識を取り戻す刹那、そういえばさっきまでスゴイ勢いで脳内に言葉が流れていたことを思い出す。なんか通常の喋リの二倍程の速度で創作ストーリーめいたものを流すんですヨ。「だがバスが停留所へ達したとき既に時計の針は十二時を切っておりそして彼は川を横切って空に沈んでいくのであったそれを見ていた和尚さんが電話で以下略」こんな感じで。うわ俺すげえと思った。うわ俺キモイとは思わなかった。イヤハヤ。なんつーか無意識の思考を読み取る機械とかあれば日記界はまた発展するんじゃねえかと思ったが、例のような文章を見せたところでそれは最早日記ではない気がする。どっちかっつうと心理学者とか向けだあ。深層心理をグウ。フ…


2007.02.24_悪の枢軸の口説き方

マズイねえ。マズイよお。はいはい今日はここまでー。

「馴染む」という文字の形は拡散っぷりがタマランなとか、あと血漿の“漿”も中々のツワモノでっせ、などと夜な夜な一人、文字の形を取引する男は逮捕されるだろうか。などと。

よーしこの調子で徒然るぞー(at PM 6:15)

句点を付けないことへの違和感ならびに Cool 感覚について考える結果、何事も Cool になりえるのだと小一時間

おおっぴらに 2ch の話をすることへの後ろめたさが薄まっている昨今。電車男から発して萌えーだのなんだのと定着し、ん…えーだから一般、ごく一般のヒト達の 2ch 内領土が広がったってことかな。サイコ風な人達の肩身は狭くなったと思う。実は自由度は減った、などなど。「2ちゃんねるはアングラなの?」とか書かれてましたねー。今はそんな感じはしませんね。パブリックー。

リンク集についてまたも考えちゃうんですが、現在リンク追加候補が 7 サイトあるんですが、もう今直ぐにでも追加しちまいたいなアと歩き回りながらそのまま既に数ヶ月も経過しているサイトもあったりしているんです。[doudemoiidesu]。で、何かというと不用心に勢いで追加して、あとで外したくなったらどうしよう…という心配なのですね。僕あそういう人間です。じゃあ、いつになったら円熟してずっと付き合っていけるサイトだと確信が持てるのか…そう思うと気が遠くなる、即ち、いつまでも分かりはしないのかも(て、“いつまでも分からない”という事柄が正しいかどうか分かるときというのも永遠に来ないわけですが)という理由-ワケ-でして、近いうち追加しようとかしないとか思案チュウ。だふでもよひですネ。

ここ一年間ぐらい、自らの神経質を感じる。何しろひどい。頭のいい人ならこうも不合理なことはしない。というわけで、いちいち「この助動詞の使い方合ってたかな…」と辞書を引いてみたり、「この日記のタイトル、もうどっかで既出じゃないかな…」と検索かけてみたり、もう列挙すんのめんどくさい。

よよよよく分からんくなってきたのでここらで切り上げ。勉強しろ勉強。マジやばい、等々の言葉がためらいもなく溢れ出てくる環境に自ら飛び込んだは良いが這い上がれない。テスト近えー。休日は敵だ。休日は俺の自堕落を助長する。助長は孟子の言葉です。孟子は性善説です。イヤッホウ。一人で勉強できなきゃ意味ねー。ねー。(at PM 6:59)


2007.02.22_ただの猛禽類ですから


今日はある事情(ぼかす程ではないが)で学校がお休みなんですが、そうすると一人で家にいる、とりあえずパソコン(あえてこう呼ぶ)つける、時間が余ってるからとかなんとかで Youtube のようなモノなどなどに入り浸り、一頻り楽しんだ後、我に帰って時計を確認し、いかに時間を浪費したかを感じて激しく自己嫌悪、もう俺なんてご臨終じまえなどと考えつつそれでも云々。そんな午前を過ごしてしまった今日だというわけです。ともかくそれについてはウオエアエイウエアオエオイウアアとするばかりですが、話は飛躍すること二時間、思ってみれば我が日記にはポジティヴな話題が皆無に少ない呈したが明らかに気付きました。俺はこれでも多少は人格者だと思っていたのに、何かの否定からでないと始まらないなんてもうこれはヒドイのなんのって月ロケットのetc、丁度いろんな日記サイトなど等を回ってみた直後でしたから、アレだ俺も日常をほんの日常を綴ってみないか?という念に苛まれた僕はそういうことに今日は趣向を変えてそうしてみようと彼は言った。わざと読みにくくしてるんです、してるんです。2,3行で終らす積りだった前置きが長え。

さあさて、午前をあんな風に悲惨に過ごしてしまった僕は、気をとりなおして昼食を摂ろうなどとマッタク反省していないようなことを言い出しました。どうせ不器用なのでインスタント物に頼るわけですが、それでもオリジナリティは発揮したいと冷蔵庫を漁る。冷蔵庫の冷気が逃げる。数秒開けても、もとの温度に戻すには何分とか掛かるらしいですじゃないか。【途中でもうイヤになってきたが終りまで続けます】そうして取り出してきたのはバジリコのふりかけ(?)と、粉チーズ。これを焼きそばにふりかけて食べるのだと主張する僕。待ってくれ。それがオリジナリティか?創意工夫なのか?【結局ネガになってるじゃん俺】せめてものあがき、とでも言いたいのだろうか。何かを訴えかけるような視線を中空に向ける僕。それはともかくモノは試し、さっそく改変焼きそばを口に運ぶのだが、ズルズモグ…あ、うまい。いや、そりゃうまいよ。インスタントは一般受けするようなポピュラーな味付けにしてあるんだから。……?、ちょっとまてよ、俺の期待した味は…?これは、いつもの焼きそばじゃないか?強烈なソースの前ではバジリコとチーズは意外にも無力だったってことか?。【話が収拾しないぞ、いつものことだがどうする】でもまあいいか、と半ばすべてに諦めを向けつつごちそうさま、箸を洗い、またPCへトボトボ歩き、ファイルを開いてキーボードを叩いてる午後二時。【あああ。マズいわ。勉強しよ勉強。テスト近いんだし。】

えっと?↑とまあ思うさま書き散らし寿司てみましたが、その内容はスッカリ残してみようという試みですね、はいはい。まーそういう。憂鬱気味になったら外出て歩いたり漕いだらまたがんばるぞーのようになるので俺のユウウツはただ内面から発生しているのか、大したことないソレを誇大に受けているだけなので僕あまだまだ楽してるんだなあと思った。そいではまた今度。


2007.02.17_蕎麦 警鐘

依存、依存。悪魔は、馬鹿はどっちだ。いつもいつもの毎度でありますが、パソコンから離れることに抵抗を感じる。一通りサイト巡回、さあ本でも読むかと椅子をどっこいしょのハズが、ああでもなんかなー、あー。もうちょっとこうしていたいなー、と、なりまして自堕落だので止めたいのだがタバコ等と同じようにインターネットは強烈な依存症を持っているので法律で規制するとかなんとかしたらどうですか、と思う、が、今から規制されても困るし、難儀やな、と、べっつにソレホド切迫した事態ではねーんですけどね、やっぱ巡回して、スパッと読書なり勉強なりに身を移せたらこれほど理想的なことはないと思うのですよお。あの、もー、理想は叶わないからこそ理想である、とか、そんな気休め、いらない。常に箸を動かしていたいんだ。もうそれはそれとして、だ、なんでインターネットに依存性があるか、てのは既に誰かが解明なり議論なりされてるはずなので考える気はありませんけど、インターネット――僕みたいのが普段いる世界の意味でのそれ――というのは読書などに比べ、明らかに無益じゃあないですかと、なのに引き寄せられるのは人間の性質、無駄な知識が増えることに悦びを見出すだとか、そういうものに因るんだ?と考えてみたり、勉強、たとえばフェルマーの最終定理とか解ったところで大方どうなるもんじゃなし、村上龍の小説読んだってなんか結局よくわからんような気もするし、そうくるとインターネットは直接に容易に楽しみを与えてくれるし、生活の知識とかもうまくいけば得られるし有用なんじゃねえのと考えてもみるが、してもインターネット依存への罪悪感は拭えない。あの、情報の散乱っぷりがいけねえのかも知れない。だいたいISDNだADSLだ光ファイバーだとかいくら速くしたところで検索の手間とかがあるわけで、そのPCの電源入れて起動してブラウザ開いて検索するとかなんとか云々の数々の利益なき時間が我々を苛むのではないかとは。cf.現実世界であれば自転車で図書館に赴き本を探し…等々のプロセスにも気分を晴らすなにか、毎日奴等は見えないながらもカラフルに変化をつけているから僕も楽しい、などともなるのだから。


2007.02.16_ヤスパースふりかけ

だあああまた消したあああ。日記を書いて消したんだ。三日ぶり(そしてその“三日ぶり”は俺にとって浦島太郎と張り合うほどの錯覚をもたらした!)にメモ帳と対話したら、エクストリームに徒然しちゃったんですよねーえへへ。だんだん書いてるうち、キッチリ整った文でないとクズだ、との考えが底から浮かび上がり、やがて水面に姿を見せ、僕がコンニチワと言葉をかけると破裂したのだ。日記が消えた。はかないが、消えた。誰が日記を消したのか。俺は地面を叩く。宇宙の“核”と連絡をとっているのだ。叩き続けるうち、だんだん楽しくなってきた。ドカドカドンタタドカドカドコドンドカドカドンタタドカド、俺は不意に手を止めた。止めざるをえなかったのだ。誰かが俺のドラミングを見ている。誰だ!俺は反射的にこう言った。「すべての弾劾者は弾劾そのものが不正であるという矛盾を抱えている。だから美しいのだ。」。言い終わるやいなや、影が揺らぎながら遠ざかっていった。俺はすばやく身をかがめ、………えーと、なんでしたっけ。そろそろ今日はいいですか。てか最近ホントに対象のない日記ばっか書いてますね、へ、へ。これでいいのか。日記じゃなく日常が。


2007.02.12_橙プロデューサー

アレだね。アレあのー、日記をひとつ書いてみたんですが気に入らずに消した。別にさほど珍しいことではないと思いますし、ボツ日記まで見たいというほどのファンが存在するとは到底思えないし、それら含めてどうってことないのですが、そこで得た大したことねー教訓をテキトーに披露して今日は帰りたいんです。なんか気付いたら 4 日も席空けてるし。それで肝心の教訓はというと、僕が落語的オチが苦手ということ――つまり日記に関してアタマ使うのを好まないって、ソレダケだ。自分がなんのために日記を書いているのか、最近ほんとうにわからない――という例のアレであるので、ほんとにねーなんか言いたいことはサイト開始直後二ヶ月のうちに九割は吐いてしまったのではないかという感に堪えません。なんてこった。長距離走のときは途中で尽きないように体力を温存し温存していたらさほど疲れないうちにいつのまにかゴールしていて不完全燃焼を感じるのが常の僕だっていうのに、日記となると初期衝動型か。あー自己分析おわり。そして日記に対してけっこう真剣に悩んでる、こんなあそびにまじになってどうするの状態はもうこれまでだ。しかしそう宣言してみたものの、そうしたクダラナイことに真剣に悩まなかったら自分が自分じゃなくなってしまうのではないかとの不安に襲われると同時に、いやこの丘を乗り越えてこそ新しい地平線が見られるのだお前はマイナス要素ばかり見ているからほら足が石像のように動かないではないか新しい自分を見てそれが違うと感じたらまた戻ればいいまずはさあ一歩、踏み出すんだ!という声もしないではないですがここで進むか進むまいかやはり真剣に悩んじまってる自分を発見いたしまして本日は幕でございます。


2007.02.07_方法序論

「弁償しろ。弁償。あっなにもここで弁償しろとは言ってないじゃないか。ね。ね。あっちで弁償、しよ。歴史的弁償。弁償」

―― ということで弁償な僕なのですが、弁償論なのですが、ヘイヘイ。昔小学生ぐらいの頃は、俺のバットもし折ったら弁償なーとかお前が押して怪我したから弁償なーとか俺のノートに落書きしたから弁償なーとか俺のクルマに傷つけたから弁償なーとかetc.とか、ともかく“弁償”という言葉で相手を脅していたものです。まあ僕は使いませんでしたけどね(←     )。でも正直言って、つまりベンショウってなんなのか意味わかってなかったと思う。いや俺は分かってなかったんだ。ベンショウするときは親が出てきて怒られるじみたことは薄々意識してたけど、ベンショウと聞いて怯えてたときの僕は 8 割方わけがわからず、むずかしい学術用語を駆使して、もしくは外国語か、どこか知らない方言でまくしたてられた場合の得体の知れない恐怖に近かった。無論、弁償しろYOと迫られたときに相手を睨み返し、恐喝だァと叫んで裁判起こすぞォと喚き散らし、真っ赤な顔で威嚇し返すことは知らなかった。知っててもやんなかっただろうけどさ。そういえば近年の少年少女どもはなにかあるとスグ裁判持ち出しますよねえ。スグ虚構の権力を召喚するんだよ。バッカじゃねえの(←     )。えーと、はい。そいでもって話が還元して、さきほどの弁償FEVERが残ることですが、ああして弁償するしないの怖いの恐くないのと戯れていた人々はもう過去のアルバム、古き良きアレのメモリーでしかなく、今の現代は「おい!痛ぇーな!弁償しろ!弁償っ!」「はいはいはいはあーーーい、払ぇゃいいんでショ払ぇゃあよお、ほら」…こんな感じだとおもう。誇張しすぎか。


2007.02.07_孤独型化学

なんだ何だ。ナンだ。アレだ。日記書くぞお。なんとなく、書きたい。ソウサ!「なんとなく」が大事!いらなーい!マリーアントワネットォォォォォ

……とは言ったものの、なんだあの、書きたいのは、そりゃもう、書きたい。漲っているわけですが、題材がないわけで、いわば天地創造からはじめなきゃならんわけで、そりゃ難儀するわけで、でもハード・シチュエイションに燃える俺様というのもあるわけで、えーーー、ここで注釈。僕さあ、「何々なわけで、何々なわけで、……」こういう書き方、キライなんだよね。キライだよ。でも何故キライなのかハッキリと知れない自分というのも嫌じゃないですか。たぶんあの書きかたが市民権得てきたから反発してる中学生なんだと思いますけど僕あ。ねー。僕は一般の人より精神的な発達が二年ほど遅れているという自覚がありますのでね。まあそれはいいです。あたりさわりない話しましょ。温暖化マジ怖いですねー。暖冬なのは結構なことっすよ。しかし夏はどうなるって話ですよ。暑い暑い暑い。嗚呼いまから眩暈がsr。書いてて思うんですけど今読んでる本が何某というやつなんですがソレの文体の影響うけまくり、というより模倣に近いことになってますネ。知ったことか。ああもう。温暖化怖い。人間が温暖地球に適応した進化をとるのと、科学のPOWERで温暖化ストップさせるのと、何処かの惑星に移住するのとはどれが現実的か。どうせ数々の案はいつ実現するとも知れぬ途方のなさが眼前にそびえ立ち、なんにせよ震えながら今年の夏を待つしかない。えーとここも暑いんだろうがもっと南の国はどうなんだって話です。日本人の分際でガタガタ言うなってことだ。クーラー、せめて扇風機ぐらい持ってるくせに。南は暑いけど南極は寒いし、熱湯に触れると一瞬冷たさを錯覚するし、いきつくところまでいけば今度は温度が低下しはじめるかも!?宇宙が膨張しきると今度はしぼむらしいし。気休め。いやいやはや内容がバラバラメチャメチャトッチラケですねー題目決めてなかったからね。これが真の散文か。段落つけないのが罪悪か。


2007.02.05_焦げ判

微かに風邪かもしれない。注釈をつけておくが熱が出るとか咳が出るとかいった症状は出ていない。食べ物の味もよく分かるが、ただ確かに風邪の気があるのだ。昨日の夜はなかなか寝付けなかった。それはまあいつものことだから、ああそうですかという感じだが、いつ遭っても「寝られない」というのは面白くないもので、だいたい布団に入ってて寝られんなと思うと「寝られないんなら、まあ、考え事でも」という具合に時間を有意義(?)に費やす。そんで一通り黙考し、そろそろいいかなと時計を見ればさきほどから15分くらいしか経っていないではないか。そんなに濃縮された15分だっただろうか。俺の一日のうち、もっとも充実した時間はこれなのかもしれない。ただ寝ているだけで何もしていないが、視覚が遮断され聴覚もほとんどはたらかず、思考だけに集中している。集中のあまり記憶回路もお休み、考えたことは大方覚えていない。実は夢を見ていただけかもしれない。まあ、それはいい。そうやって寝つけないと気づいたときにはもう手遅れで、考え事をした結果よけいに頭がぐるぐる考える。いや何も考えるまい、と考える。結局、思考。それでも懲りずに考える。しかし、そろそろ起きてるのにも飽きた。でも何も考えない、ってかなり高度な芸当だ。昼間聴いた曲が脅迫的な色合いを帯びて延々とリピートされる。ポップな名曲だったはずなのに、なんだか不安をかきたてられる。枕が少しだけ熱い。頭を乗せる位置を変える。またすぐ熱くなる。位置を変える。いくらか落ち着く。さっきの曲が迫ってくる。この繰り返し。いつのまにか寝ていた。

朝。左耳が痛いが、ほかにはなんのことはなく過ごす。登校。授業。授業。英語の時間、寿司を食べる男の映像を逆再生したものを用いたショートムービーを夢想。男が寿司を吐き出し、板に載せる。もう一方の男はそれを取って喰う。男は鮪の寿司を口に含み、烏賊の寿司を吐き出す。以下省略。出した寿司を口に入れたりなどというのは、もちろん映像のつなぎ方の妙である。俺がバンドでも組んでPVを作るならこういうものにしようか…と思う。ギターもベースもドラムもキーボードも弾けないが。ここまで書いてみたが、風邪と関係ないことばかり噴出してしまった。


2007.02.01_業務なんとか改

月が替われば日記も新しき気分を持ち込んで塩酸ふりかけてフードプロセッサーにブチ込んでスウィッチオン。というわけで・さっきまで見えていたはずの日記の数々がログページに収納され二度と引き出されずに著者は一生を終えるのであったが、数万年の後になって未来人類とも言うべき生命体のうち、ある個体が偶然畑を耕してて彼のノートを見つけるのであった。そのノートには「同様に確からしい」というタイトルでジャンルとしては随筆というものであり、使い残しが2、30ページほどあった。未来人類は2000年前後の日本語というものを解せたので仕事の合間の楽しみとして少しずつ読んだ。一通り読み終わると、ひとつの疑問が浮かび上がった。「『同様に確からしい』とは、なんだろう?」。きっと、出鱈目なことなのだろう。しかし、もし、これが、(当時からみた)未来の人類に向けたメッセージだったら・・・。そう考えて読むと、思わせぶりな言い回しも多く見受けられる。この、一見ふざけた言葉達は、古代文明人たちの間で用いられていた暗号なのではないか。未来人は一晩中考えた。その次の日も会社で考えた。仕事が手に付かない。そのうち会社をやめ、研究室に入った。幸い彼はかつて大手の商社に勤めていたので財産はありあまる程あり、寝る間も惜しんで研究に明け暮れた。それから三十数年ののち、その未来人は太陽系を代表する考古学者となっていた。しかしいくらテキストを読み込んでも「同様に確からしい」に隠された意味を知ることはできなかった。「やっぱりデタラメだったんだろう」と諦めようとしたり、さまざまな仮説をたてたりしてみたが、どれも彼を納得させるものではなかった。研究に傾ける情熱に比例し、謎が限りなく増大していくだけであった。しかしそれが彼の情熱をさらに奮い立たせ、いつしか……


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